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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)9937号 判決 1964年3月17日

原告 宗教法人緑雲寺

被告 瀬川昌邦

主文

一、原告所有の東京都新宿区原町一丁目三〇番の一の土地と被告所有の同所三七番の二の土地の経界は、右三〇番の一の土地の東部に接して南北に通ずる道路と右土地の北部に接して東西に通ずる道路とが交叉する部分で右土地の北東隅先のアスフアルト道路上に存する約四寸角の石標の中心を(Z)点とし、右から西に一、八七間のところに存する右同様の石標の中心を(Y)点とし、右から西に五、一五間のところに存する右同様の石標の中心を(X)点とし、右から西に一二、四九間のところに存する右同様の石標の中心を(W)点とし、右Z、Y、X及びWの各点を順次結んだ直線の延長上(Z)から三〇、三五間の地点を(ロ)点とし(別紙第一図の通り)、右(ロ)点において(Z)、(ロ)の各点を結び直線に対し別紙第二図に矢印で示す通り七一度の方向で且つ(ロ)点から南方六、六八五間の地点を(イ)点とし、右(イ)、(ロ)の各点を結ぶ直線であると確定する。

二、被告は原告に対し、別紙第二図面(イ)、(ロ)、(ニ)、(ハ)、(イ)の各点を順次結んだ直線で囲まれた土地五、〇五坪をを、右(ハ)、(ニ)の間に存する杉丸太杭二〇本、(ホ)、(ヘ)の間に存する石垣(厚さ六寸の大谷石積で、その高さ(ハ)、(ホ)で一〇尺、(ニ)、(ヘ)で四尺五寸)及び右土地上に充填した廃石、土砂等一切を収去して明渡せ。

三、被告は原告に対し右(ロ)点に五寸角、長さ五尺の花崗岩造りの経界標石一本を埋設せよ。

四、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決をもとめ、その請求の原因として

一、原告所有の東京都新宿区原町一丁目三〇番の一の土地の西端と被告所有の同所三七番の二の土地の東端とは、原告所有地が下、被告所有地が上という崖地をなして相隣接している。

二、右両地の経界は主文第一項記載の(イ)、(ロ)の各点を結ぶ直線である。即ち、(一)大正六年五月頃、原告寺の住職及び檀家総代等と当時の右三七番の二の土地の所有者訴外原信哉とは立会のうえ、右両地の経界が右(イ)、(ロ)の各点を結ぶ直線であることを確認し、且つ当時右各点に夫々五寸角、長さ五尺の花崗岩造りの経界標石を埋設したが、右石は(イ)点において現存しているし、(二)また、大正一四年一二月頃原告等はその所有地の北側に隣接する訴外田畑ふさ所有の同町三〇番の二、三一番(但し、当時の地番)の土地との経界を同人立会のうえ明確にしたが、その際右(ロ)点は原告所有地の西北隅、田畑所有地の西南隅とされたし、(三)更に、原告代表者は被告が昭和三四年九月頃被告所有地上に家屋を建築するため右崖地を整備したい旨申出た際、同人に右各点に存する経界標石を確認させているものである。

三、ところで被告は、

(一)  昭和三四年一二月一〇日頃右(ロ)点に存した右経界標石一本を抜取り廃棄したのみならず、

(二)  同年一二月二〇日頃、原告に無断で右経界を越えて原告所有地内である別紙第二図(ハ)、(ニ)の各点の間に杉丸太杭二〇本を打込んだうえ、これを基礎として右図(ホ)、(ヘ)の各点の間に(ハ)、(ホ)で一〇尺、(ロ)、(ヘ)で四尺五寸の高さに厚さ六寸の大谷石を積上げて石垣を構築し、右図(イ)、(ロ)、(ニ)、(ハ)、(イ)を順次結ぶ直線で囲まれた土地上の空間部分に癈石、瓦、煉瓦類、土、砂礫等を充填して右土地五、〇五坪を占有するに至つた。

四、被告は前記両地の経界が原告主張の通りであることを争うので原告はこれが確定をもとめると共に、被告に対し前記杉丸太杭、石垣、その他一切を収去して前記(イ)、(ロ)、(ニ)、(ハ)、(イ)の各点を順次結ぶ直線で囲まれた土地を明渡すことをもとめなお(ロ)点に従来存したと同様の経界標石を埋設することをもとめる。

とのべた。立証<省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求め

一、請求原因一、記載の事実は認める。右二、記載の事実は争う。本件両土地の経界は別紙第二図(A)′、(B)′の各点を結ぶ直線である。右三(一)記載の事実は争う、右(二)記載の事実のうち、被告が原告主張の頃その主張の工事をし、右図(イ)、(ロ)、(ニ)、(ハ)、(イ)を順次結ぶ直線で囲まれた土地上の空間に癈石、土砂等を充填したことは認める。

二、右工事等をなすについて被告は昭和三四年九月頃原告の承諾を得た。しかも、右工事は当時本件隣接土地附近で崖崩れのおそれがあり、被告所有地に家屋を建築所有しようとする被告にとつては勿論、また原告にとつても緊急の必要があつたので、土留めのためこれをなしたものである。

とのべた。立証<省略>

理由

一、請求原因一、記載の事実は当事者間に争がない。

そこで本件隣接地の経界について判断する。原告代表者の尋問の結果によりいづれも真正に成立したと認める甲第二、第五号証、証人高井鵜一郎の証言により真正に成立したと認める甲第六号証に、右証人高井の証言、原告代表者の尋問、検証及び鑑定人木村宇佐治の鑑定の各結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると次の通り認められる。

(一)  大正六年五月頃、原告等の住職及び檀家総代等と当時の右三七番の二の土地の所有者訴外原信哉とは立会のうえ右土地と原告所有地の経界は、主文第一項記載の(イ)、(ロ)の各点を結ぶ直線であることを確認し、且つ当時右各点に夫々五寸角、長さ五尺の花崗岩の経界標石を埋設した。

(二)  その後、大正一四年一二月頃、原告等はその所有地の北側に隣接する訴外田畑ふさ所有の東京都新宿区原町一丁目三〇番の二、三一番(但し、当時の地番であつて現在は更に分筆されている)の土地との経界を同人立会のうえ明確にしたが、その際原告所有地の西北隅、右田畑所有地の西南隅は右(ロ)点であつた。

(三)  右(イ)、(ロ)の各点は本件両土地の公図(前示甲第六号証はその写である)と実測上合致する。

四、右(イ)、(ロ)の各点を結ぶ直線は、前記の通り原告所有地が下、被告所有地が上なる崖地の略々上縁にあたり、その状況において自然的な経界をなしていると認められる。

かように認めることができ、右認定に反する証拠はない。被告は本件両土地の経界は前示第二図(A)′、(B)′の各点を結ぶ直線であると主張し、被告の本人尋問の結果のうちには右にそう部分もあるけれども、右は前示各証拠と対比して到底措信し難く、他に右を認めるに足る証拠はない。

従つて、本件両土地の経界は主文第一項記載の(イ)、(ロ)の各点を結ぶ直線であると確定すべきである。

二、被告が原告主張の頃その主張の如く杉丸太杭を打込み、これを基礎としてその主張の石垣の工事をし、前示第二図(イ)、(ロ)、(ニ)、(ハ)、(イ)を順次結ぶ直線で囲まれた土地上の空間に廃石、土砂等を充填したことは当事者間に争がない。而して、右に認定したところよりすれば、右の土地部分が原告所有地上に存することが明らかである。

被告は工事等をなすについて原告の承諾を得たと主張し、証人奥野弘三、同吉岡英矩の各証言及び被告の本人尋問の結果のうちには右主張にそうかにみえる部分があるけれども、右を証人大曽根[金圭]治の証言及び原告代表者の尋問の結果と対比して考えるとき、右証言等を以て右主張を肯認するには未だ十分となし難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。

してみれば、被告は右杉丸太杭、石垣及び前示空間部分に充填した廃石その他一切を収去して前記土地五、〇五坪(この坪数は前示鑑定の結果による)を原告に明渡す義務がある。なお、ここで原告の右明渡の請求が権利濫用にならないかについて一言する。けだし、被告主張のように右工事が被告所有地上に家屋を建築所有しようとする被告のためは勿論原告にとつても緊急の必要があつてなされた土留め工事であるとすると、これに検証の結果から明らかな右工事が原告等の本堂乃至原告代表者の居住部分からかなりはなれ、その裏手にあたる原告所有地の東の端の部分のしかも雑木等が生えている崖地になされている事実を合せ考えるときは、原告が右請求が認容されることによつて受ける利益に比して被告の蒙る損失が過大であり、かような結果を生ずることは隣接土地しかも崖地の所有者としてこれを社会観念上相当な程度に保守し維持する義務のある原告の土地所有権の行使として許されないのではないかと考える余地があるからである。ところで、被告が右工事をするについてその主張のような緊急の必要があつたことは本件に顕れたすべての証拠によるもこれを認めるを得ない。かえつて、前段記載の各証人、本人等の各供述よりすると、被告は当時その所有地に建築していた家屋にとつての利便のみを考えて短期間のうちにしかも一方的に右工事を強行した形跡が覗はれるのである。また本件石垣等の存する場所は右記載の通りであり、そこに右石垣等を存置しても原告に特段の損失を及すものではないと考えられなくもない。しかし、原告には右記載の如き義務があるのであり、しかも本件石垣等の工事が建築法規上所定の手続を経ていない不十分なものであることが前示証人奥山、同吉岡の各証言及び検証の結果よりして明らかであつてみれば、原告が右義務を果すためには右石垣等のあることがかえつて障害になり、右が原告に損失をもたらさないとはいい切れないのである。即ち、原告が右石垣等をそのまま存置しておいて一亘事があつた場合には、原告は右義務を尽したものといえるか疑問であり、さりとて原告が右義務を履行しようとすれば被告に対しまず以て右石垣等の収去をもとめざるを得ない場合も生ずるのでありかくては原告は右義務の履行をめぐつて去就に迷うことにもなるのであらうからである。従つて原告の前記請求は権利の濫用とはいい難い。被告に対し前認定の義務の履行をもとめる原告の請求は理由がある。

三、検証の結果によると、現在(ロ)点に経界を示す標識の存在しないことが明らかであるから、他に特段の主張、立証のない限り被告は民法二二三条により原告に対し右(ロ)点に界標を設置することに協力する義務があるというべきである。(右義務は経界が確定している場合に発生するものであり、隣接土地の所有者の一方は本来他方に対しまず界標の設置に協力することをもとめ他方がこれに応じない場合に右義務の履行を訴求し得るものであるが、本件の如く経界そのものに争があるときは直ちに右義務の履行を訴求し得るものと解する。また、右義務は確定された経界に界標が存しないという一事によつて生ずるものであつて、従来存した界標を当事者の一方が損壊し、廃棄したこと等とは直接のかかわりを持たないから、原告のこの点の主張については更にせんさくをしない。)而して、右義務の内容は、既に認定したように、かつて右地点に経界標石が埋設されていた本件の如き場合においては、特段の事情のない限り従前のと同様の経界標石、即ち五寸角、長さ五尺、花崗岩造りのものを埋設することにあると解すべきである。従つて、右義務の履行をもとめる原告の請求もまた理由がある。

四、以上認定の通りであるので原告の請求をすべて認容し、なお民訴法八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 川上泉)

第一図、第二図<省略>

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